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2010年3月

3月末日ですが・・・

なかなかブログ記事を思ったペースでUPできなかったので、3月いっぱいで、といっていたこのブログのクローズを延期します(^_^;)

皆さまから頂いたコメントには必ずお返事させていただきますので、もう少々お待ちくださいませ。

あ、1か月検診、無事に終了しましたscissors



お返事、ちょっと待っててね。
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出産レポ6 ~「産まれたよ!」

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出 産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出 産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出 産レポ3~いよいよ破水!
 出産レポ4 ⇒ 「出 産レポ4~入院。
 出産レポ5 ⇒ 「出産レポ5~我が子との対面

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

我が子との対面を果たしたあと、ハナマルが出てくるときに電話が鳴っていたことを思い出し、看護師さんにケータイをとってもらう。

着信履歴は、1時20分。 出産時刻の記録は1時21分だから、まさに産まれる瞬間にかかってきた電話だ。

メールも数件入っていて、全部夫からだった。タクシーで病院に向かっている時刻や、入院手続きの書類を書いている時刻、NSTのモニターと記録用紙を凝視している時刻…。  内容は 「大丈夫?」 「無事に病院にたどりついた?」 「がんばれ!」 「朝イチでそっちに向かうからね!」 などなど、私を案じる言葉と励ましの言葉が並んでいた。

ケータイをとってもらって、分娩台の上で電話をかけた。


私「もしもし~」
夫「もしもしっ! 大丈夫? どんな感じ?  痛い? 一人でがんばれる? …」 

と、なんだか眠そうだけど必死で心配してくれている言葉が矢継ぎ早に聞こえてきた。

私「あのね~それがね…、産まれちゃった~」 (^_^;)

夫「え、産まれ? ええっ!? もう産まれちゃったのっ!?」
私「うん、聞こえる? 泣いてるの・・・」
夫「え、隣の人とかじゃなくて? ウチの子? コレ、ハナマル君の声なの!?」
私「うん、そう、たった今ね、産まれちゃったよ! チョーかわいいぞ!」

夫「ええ~っ!!!!! だって、朝までって…、もう? え、ホントにぃ??? スゴイ、すごいね! 泣き声がかわいい、かわいいよ!」

そりゃあ、びっくりしただろう。 「病院に行くね」と電話したのが22時半。 それから3時間しか経ってない。 立ち合うつもり満々だった彼にしてみたら、いや、私自身だってびっくりの事態。

電話の向こうでは、なんだか涙声。ハナマルのなく声を聞くだけでかわいい! と言った夫が、かわいかった。

産まれる何年も前からずっと待ち望んでいた我が子。どれだけ会いたいと思っていたか、私とはまた違う思いでハナマルとの対面を心待ちにしていた彼に、その誕生の瞬間に立ち会わせてあげられなかったのは残念だけど、産まれたすぐの声を聞かせてあげられてよかった。 

バースプランは二つだけ。 夫の立ち合いと、記録のための写真撮影。ひとつはかなわなかったけど、もう一つはしっかりとやり遂げた。

「これだけは忘れまい!」とカバンに入れていたデジカメ。ケータイをとってもらったのと一緒にデジカメもカバンから出してもらい、助産師さんに渡す。「本当は夫がたくさんとってくれるはずだったけど、間に合わなかったので、代わりに赤ちゃんの写真を撮ってもらえますか」とお願い。 産まれた直後から、スケールに乗って体重を測っているところや、大泣きしているところ、初めて外の空気を吸ったハナマル君をたくさん写真に収めてくれた。

胎盤をだし、切開したところを縫って、超スピード安産のためか出血が多かったのでそのための処置をして、ひと段落ついたところで、今度は私とハナマルのツーショットをケータイで写真を撮ってもらった。

メールで、ケータイで撮ってもらった写真を夫に送った。2時33分。

朝イチの新幹線で東京に向かうため5時起きの彼からの返事は、「嬉しすぎて眠れないよ!」だった。

そうだ、母にも連絡しよう。深夜2時半で出るはずはないけど、電話をかけた。留守電になったので、私は何も言わずにハナマルの泣き声をきかせた。 産まれたばかりの泣き声が、母のケータイに録音された。 (夫が、コレを超ウラヤマしがっていた! だって、これだけなんだもの、ハナマルの産声が残っているのは!)

ついでにケータイメールで写真も送った。 これも、何も書かずに写真だけ。

朝、起きて、ケータイを確認した時の驚きを想像するだけで、なんだかわくわくした。

※でも私は待ち切れずに朝の7時前にもう一度電話をして、「メール見てね、あと、留守電メッセージも聞いてね」とメッセージを入れたんだけどね(^_^;) で、またそのあと電話をしたら母は涙声だった。 母には陣痛のことも破水のことも病院に行くことも言わずにきちゃったから、そりゃあびっくりしただろうなあ。前日の夜には普通に話をしていたんだから。

私が落ち着くまで分娩室で休み、4時過ぎに回復室に移動。 朝を待って病室に移ることに。ゆっくり休んでくださいと言われたけれど、興奮して眠れない。

ハナマルの父が到着したのは9時ころ。夫が到着したのち、看護師さんにハナマルを連れてきてもらう。初対面。 「抱いてあげてよ!」 と言ったら、「コワイ。どうやってだいたらいいの? 教えてよ」 と。 私も分娩台の上で自分のカラダの上に乗せてもらって抱いただけだったので、わからない。 看護師さんに抱っこの仕方を教えてもらう。 ちゃんとした初抱っこは、私ではなくて夫(ハナマルの父)にしてもらった。

私自身は、急展開の分娩のため興奮していてじっくりと感動を味わうという感じではなく、産まれたこと親になったことの感動は、このあと5日目くらいからあふれてきて、涙が止まらなくなるのだけど、 このときは夫の喜びの表情を見ていて、ジンワリと幸せを感じた。 


この日のことを思い返すだけで、また涙が出てきます
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出産レポ5 ~我が子との対面

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出産レポ3~いよいよ破水!
 出産レポ4 ⇒ 「出産レポ4~入院。

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NSTのモニターをつけて、モニターを目の前にして陣痛イスに前かがみに座る。
モニターから吐き出されるグラフ用紙と、液晶画面の胎児心拍数値の上下する様を凝視しながら、無心に陣痛と向き合う。

もう時計を見ている余裕はなくて、痛みと痛みの間に放心し、グラフの間隔で次来る痛みを予測し、「そろそろだな」とおもうと、「キターッ!」 と大きな痛みの波がやってくる。 最初のころは陣痛を表すグラフ、波の頂上は見えていたのだけど、もうこのころには、針は振り切っていて、山のてっぺんは記録用紙に記録されていない。それでも、その山は、のぼりがあれば必ず下りがあって、それも最長90秒の辛抱。 そのサイクルが分かってしまえば、耐えられないことはなかった。

私にとって、目の前にNSTのモニターがあったことが一番ありがたかった。母がいるより、夫がいるより、誰がそばにいるよりも、気持ちも体も楽になったと思う。 いつまで続くかわからない痛みや苦しみは、コワイ。 でもサイクルが分かり、終わりが見える痛みは、けっこう耐えられるものだ。

分娩室で「何かあったらナースコールしてね」とナースコールのボタンを目の前に置いてもらい、深夜たった一人で広くてガランとした分娩室にいた。(大学病院なので、分娩室はたくさんの人が入れるように広いのだ!) この日は他に分娩する人がいないらしく、分娩棟自体も静かで隣で他の妊婦さんの叫び声を聞くこともなく、ただ静かに、自分の陣痛の痛みにだけ集中した。

分娩室を後にする前に助産師さんが、「ハッハッハッ」と小刻みに息を吐く私に、大きくゆっくりと「はぁ~~~~」と吐きましょう、と言ってくれた。 陣痛イスに座るときも、背中を大きく丸く猫背にして、お腹を抱え込むような体制が楽です、と教えてくれた。

自宅で陣痛に耐えている間に、様々な体勢をとったり、呼吸の仕方も試してみた私は、「そうそう、そうだった。その通りだ!」 と思い出し、その通りにやってみた。 すると、やはりプロの指導はすごい。 お腹に力を入れることなく、痛みをうまく逃すことができた。  自宅での陣痛に耐えるリハーサル?をやり、さらに助産師さんの的確な指導のもと、我ながら上手に陣痛をかわすことができたと思う。

そして、1時くらいかな。(もう時計を見ている余裕はない) そんな痛みの逃し方では通じなくなり、どうにもお腹に力が入ってしまう。 そう、“いきみたくて仕方がない” 状態になった。

で、とうとう、というか、ようやくというか、ナースコールを押す。

あわてて駆けつけてくれた助産師さんに、「ゴメンナサイ、もうだめです」 と 言って、そのまま陣痛イスから床に転がり下りた。 助産師さんは床に横になりますか? とマットをもってきてはくれたが、私の様子を見て「もうこれは全開だ!」と判断。 「分娩台に乗りましょう。もう、いきんでもいいですよ」と。

なんとか自力で分娩台に上り、助産師さんの言うとおりに足や腰の位置をとり、「痛いです! ああ、殴って意識をなくしてほしいくらいですぅ~」とこの後に及んで、冗談にもならないセリフを吐く。

このときは、自分の意思とは関係なく、痛みの波にあわせて、子宮に力が入る。 「いきみ」だ。

分娩台にあがって、また私は助産師さんに聞いた。  「あと何回、痛みの波を我慢したらいいですかっ!」

入院直後に「後何時間?」と聞いたのと同じ。 ゴールが知りたい。「ここまでがんばればいい」 そう思うとがんばれる。

助産師さんは 「・・・、5回です! がんばってください」

うふふ。 この助産師さんは私をやる気にさせる天才です。 ほんとうは10回くらいは、と思っていたらしいけど、またまた私に希望を持たせるために5回って言ってくれたんだって! 

このおかげで「ああ、5回ならがんばれるわ、そう思った。

でね、本当にこの後、5回目の痛みの波のときに、頭が出た。

1回の痛みに2回のいきみ。実際に分娩台のうえで回数を数えた。4回目の波が来たとき「もう出ますか? まだですか? あと1回しか我慢できません!」 と言ってしまった。 助産師さんは「スゴク、上手です! もうすぐ出ますよ! きらきらさんは、とても上手にいきんでますよ!」 と、褒め殺しか?と思うくらいほめてくれて、私も調子に乗った。 で、5回目の波(9回目いきみ)のとき、頭が出て「あたまがでましたから、もう、いいですよ!」と言われた。

4~5回目の痛みの波とき、ハナコ(ハナマル)は足を突っ張り、「あ、動いてる~」と私は言った。 「赤ちゃんもがんばってますから、きらきらさんもがんばって!」 と助産師さん。

へその緒が左足にまきついていたので、会陰切開をして、頭が出た後は助産師さんに引っ張ってもらった。

「足の間から赤ちゃんが見えますからね、お母さん見てあげてください」

そういわれて、出口の方を見つめる。

「産道をとおってきた赤ちゃんは圧迫されたので青白いですけど、すぐに赤くなりますからね!」そう言われた通り、グレーっぽい色をした赤ちゃんが見えた。

「よく、がんばった! えらいぞ!」 と私は第一声、声をかけた。つい口を衝いて出た言葉だったが、後で助産師さんが 「きらきらさんは本当に冷静でしたよね! 赤ちゃんに『よく頑張ったね』って声をかけていたのに感動しました」 といってくれた。 頭が出かかっているのに、自分の足で蹴って一生懸命産まれようとがんばったハナマルだもの。ほめてあげたかった。

10秒ほどですぐに赤くなった、赤ちゃん。 ハナマルとの初対面。 涙は出なかった。 「感動」という言葉で片付けられるほど、単純なものではなく、すぐに抱かせてもらった温かい命に対する思いは、どんな言葉も足りない気がする。

ハナマルが産まれようとしているとき、私のカバンの中から、ケータイの着信音が聞こえていた。 ああ、夫からだな、そう思った。
出産時刻は1時21分。 電話の着信履歴をみると1時20分。 もちろん夫からの電話だった。

入院してから2時間20分で産まれた我が子。夫に報告をせねば!

(つづく。 次で最後かな?)

続きがなかなかUPできず、すみませんsweat01
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眠いぜ・・・

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出産レポ4 ~入院。

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出産レポ3~いよいよ破水!

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sun3月1日 22時40分ころ家を出る。

病院に電話してからなんとか10分以内には玄関を出た。
マンションのエレベータの中で前かがみになりながらうめきつつ1階に到着。するとEVの外に30歳くらいのサラリーマン風の男性がケータイ電話を片手に立っていた。 彼は私の苦しそうな様子に気がついて、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれ た。 「大丈夫です」と返事しつつも、彼の「お手伝いしましょうか?」の言葉に甘えて「では、申し訳ないですがタクシーを停めてもらっていいですか」 とお願いした。

男性はワタシの荷物をもってくれてエントランスの扉を開けてくれて、「ゆっくり歩いてきてください、先にタクシー止めますから!」 と先に通りに出てタクシーを拾ってくれた。 「一人で大丈夫ですか?」と最後まで声をかけてくれて、タクシーの運転手さんにも「安全運転で!」とお願いしてくれた。 名前も部屋番号も聞かなかったので、お礼の言いようもないけれど、本当にあの時は助かった。 

タクシーの運転手さんは、ゼイゼイ、ハァハァと息遣い荒くて尋常じゃない様子に驚いて「救急車を呼んだ方がいいのでは!?」と言ってくれたが、「お産で救急車は呼べないんですよ~(苦笑)」と無理やりに精いっぱいの笑顔を作って答えた。 「あ、『ハァハァ』いってると痛みが和らぐので、息づかいが荒いんですが、そんなに緊急な感じでもないので、心配しないでくださいね♪」  なぜか見ず知らずのタクシーの運ちゃんにまで気を使ってしまうワタシ。きっと口からてきたセリフと態度・表情のギャップに、運転手さんも困惑しただろう。

昼間の妊婦健診でタクシーに乗ってルート確認をしていたおかげで、大体どこまで来たか、後何分かかるか予測できて気が紛れた。 「あとどれくらいかかるの?」と思っているとけっこうしんどかっただろう。 夜間のため車も少なく、昼間は20分かかったところが15分でついた。 「思ったより早かったな~」と痛みに耐えながらもほっとした。

病院の夜間・救急外来の入り口には、看護師さんが車いすをもって迎えに出てきてくれていた。本当なら、分娩棟のある3階まで自力で行かないといけないのだけど、破水したと言った私の電話の様子がかなりヤバそうな感じだったらしく、付き添いもなく一人でやってくる私を心配して二人も来てくれた。

なぜか、タクシーの運転手さんに「がんばってきます~」と手を振るワタシ。 看護師さんは、「この人、大丈夫なのか苦しいのか、どっちかわからない!」とそのとき思ったらしい(笑)

車いすで運ばれる最中も陣痛が来る。「うう・・、来たぁ!」とうめきながら分娩棟に運ばれる。 もちろん陣痛室はすっとばし、そのまま分娩室へ。

時間は見ていなかったけれど、後で入院の記録を見ると、23:00入院、となっていた。

sun23:00 入院

分娩室では、そのまま分娩台に上がるようにいわれて、横になる。NSTのモニターをつけて、胎児の様子と陣痛の波を計測。 分娩台の上で横になっていると、看護師さんから「入院の書類もってきました?」と聞かれ、「カバンの中に入ってます~! スミマセンが自由に探ってください」 とお願い。  実はこの書類、夫に書いてもらおうと思っていたので未記入だった。 「きらきらさん、記入してもらえますか」 と 分娩台の上で陣痛の波と格闘しながら、クリップボードに挟まれた書類に記入をした。 これまた走り書きのような字で 「うう、スミマセン、キレイに字がかけませ~ん」 なんて間抜けなことを言っていた。

さらに、「きらきらさん、ハンコがいるんですけど、もってきました?」 「ああカバンの内ポケットに入ってます、ええと、そう、そこ! それです。適当に押してください!」  「いえ、押印は本人じゃないと。押してください」  …とまた、痛みをこらえながら判を押す。ああ、ワタシ何やってるんだろう・・・。

どんどん痛みは強くなってくる。
分娩台の上で着てきたものを脱ぎ、寝巻に着替えた。
出産って、分娩って、陣痛って、こういうものですかッ?

横になっていると痛みがきつくて呼吸もうまくできない。 助産師さんに「あのぅ、寝ていると痛くて辛いので起きていいですか」 と、なぜか許可を求めながら体を起こす。

「あ、じゃあ、陣痛イス使いますか?」 と陣痛イスなるものをもってきてもらう。 前かがみになって座れるイスで、楽になるらしい。

分娩台を降り、その椅子に座り、目の前にNSTのモニター。確かにイスの方がまだ楽かも。 

「何かあったらナースコールしてくださいね」 

何かあったらって…、もうすでに何かある状態じゃないののか? この状態はまだ序の口ってこと??  そこで私はつい、聞いてしまった。

「あと何時間耐えればいいですか?」  ゴールが見えないとがんばれないタイプなのだ。

「そうですね~、2~3時間です! (断言)」

・・・そうか、3時間か。 家では4時間半一人でがんばった。あと3時間なら我慢できなくないな。うん、がんばろう!  …なぜか前向きなワタシ。

このとき0時を回ったくらいか? おそらくは子宮口は4~5センチ。 助産師さんは本当は「6時間はかかるだろうな」と思っていたらしい。でも必死な私に希望を持たせるために2~3時間って言ったんだって。と後で聞いた(笑) でも、そのおかげで、ワタシ、がんばれちゃった。

助産師さんも、医師も、私自身だって、間に合わなかった夫だって、みんな朝までかかるだろうって思ってた。でも気休めでも2~3時間で終わる、と聞いたことで、気が楽になったのか、本当にそれから一時間ちょっとで産まれちゃったよ!

(つづく)

心頭を滅却すれば火もまた涼し? そんな言葉が思い浮かびますsweat01
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コメントのお返事 &このブログの今後

コメントのお返事がようやく追い付きました!

皆さま祝福コメントありがとうございます!  そして親身になっていろいろとアドバイスしてくださった方、貴重な体験談を教えてくださった方、本当にありがとうございます!

皆さんに気にかけていただいて私もハナマルも本当に幸せ者です。 新米ハハはいろいろと試行錯誤しながら、育児を楽しんでおります。

現在、育児の苦労は全く感じていません。ハナマルの相手をするのが楽しくて仕方ないので、自分の寝食さえ忘れてしまいそうなくらいハナマル中心の時間を過ごし、まるで夢のような毎日です。日々新鮮な感動があり、本当に飽きません! ああ、もっと構いたくて、寝ているのを起こしたいくらいです(^_^;)  っていうのは言い過ぎですが…。  余り飛ばし過ぎて息切れしないように気をつけなくては!



さて、このブログの今後について。

出産レポが完結し、1か月検診が終わった時点で 「目指せ! きらきら高齢出産」は終了するつもりです。
出産をゴールとしてはじめたブログです。赤ちゃん待ちのころは、そのゴールが本当にあるかどうか・・・不安でいっぱいでした。長い不妊期間のせいでマタニティの間もずっと心配が絶えず、ずっと不安が消えませんでした。でも、我が子を抱くことを夢見て、親になりたいと願って、きらきら輝くママになるためにがんばってきました。そして今、ゴールにようやくたどり着けました。

ハナマルが無事産まれ、ゴールテープをきることができましたので、ブログも一旦終了。

このあとについては、二人目のこともありますし、ありがたいことにワタシとハナマルのことを気にかけてくださっている方も少なからずいらっしゃいますから、違う形で育児ブログをスタートさせたいと思います。

タイトルを変えるか、またブログサービスを変えるか、今まだどうするか決めていませんが、3月いっぱいでひとまずの区切りにしようと思っています。

それまではタイトルはこのままでブログ村のカテゴリもこのままでいますが、どうか今しばらくお付き合いくださいませ m(_ _)m


「自分の子」ってどうしてこんなに可愛いのでしょう! もうメロメロheart02です。
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ミルクの話、補足

一昨日書いたミルク記事について、いろいろとアドバイスありがとうございます!
とても参考になります。いろいろとやり方があるのだな~と勉強になります。

やっぱり、母乳で育てるって憧れでもあるので何とか頑張りたいです・・・coldsweats01

・・・が、今一番の気がかりはハナマルの体重なんです。 

体重については「出産レポ」で書こうと思っているので敢えて触れなかったのですが、ちょっと小さめに産まれたハナマルくん、入院中に母乳にこだわったおかげでかなり体重が減ってしまいました。退院してからも、母乳と格闘しているとなかなか体重が増えず、ようやく産まれたときの体重に戻ったかな、という程度。せめて1か月検診までには3キロは超えてほしいです。

ワタシの書き方が悪くてとてもご心配をおかけしてますが、今優先すべきはハナマルの健康で、私自身は母乳であろうがミルクであろうがどっちでもいいと思っています。母乳にこだわることがハナマルの成長を阻害するならすっぱりミルクにしたい。 母乳が栄養素的に必要なら搾乳してでも与えてあげたい。 そういうスタンスでいます。(完全にミルクなってしまえば二人目のお迎えが早くなっていいかも、というのは後付けの理由です。)

 

入院中の母乳指導や退院後の母乳外来ではミルクでも栄養的には問題ナシと言われていますので、助産師さんと相談した結果とにかく今は量を飲ませることを優先しましょう、ということになっています。とすると、どうしてもほぼミルクになっちゃうんですよね・・・。

とはいえ、皆さまからのアドバイスにもある通り少しでも母乳は与えたほうがいいと思っていますし、体重が順調に増えてきてからまた母乳を与える機会が増えるかもしれないので、母乳が止まってしまわない程度に吸わせるトレーニングと、搾乳は続けるつもりですし続けています。

ご心配をおかけしてスミマセンsweat01

★「母乳じゃないと子育てじゃない! 愛情が足りない」という内容のコメントが来てしまった(こちらはちょっと表現がキツイので非公開にしています)ので補足させていただきました。 このブログでは一般論としての母乳の是非・ミルクの是非について議論をするつもりはありませんので、個別の事情を無視した一方的な主義・主張の押し付けはどうかご遠慮くださいね。 

アドバイスや体験談など親身になってコメントいただいた方には改めてコメント欄でお返事させていただきますので、少々お待ちを~m(_ _)m

ハナマル元気に育ってくれたらそれが一番です
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出産レポ3 ~いよいよ破水!

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる

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sun3月1日 22時20分ころ破水

母からの電話を切り、出産経験のある友だちに電話をして「ねえ、チョー痛いんだけど~!」とちょっぴり泣き言を言ってみる。 「そりゃあ、痛いよ、当たり前じゃん、がんばってね~」 と能天気な返事をもらい、そうか、まだ電話をできる分だけまだまだなんだろうな、とまたお気楽に考えてしまった。

しかしもうそのときには、けっこう痛みがひどくて、メモ帳に残る時刻の記録はすでに乱れに乱れている。

でも、なぜか、痛みが引いたときには、すぅ~っと睡魔がきて、意識がなくなったりした。
眠ったり、痛くなったりで、自分が何をしているのかが分からない。他に何も考えられず、テレビでずっと流れていたはずの「世界まる見え~」ではどんな映像だったかも今は思い出せない。

21時過ぎには、もう時計を見る余裕もなく、痛みがない時は眠り、痛みが来たら、その痛みに100%向き合った。どういう体勢をとると楽か、呼吸をどうすれば楽になるか、と、痛みを逃すためにはどうしたらいいかばかり考えていた。 母親学級で「とにかく吐くこと!」と教えてもらっていたから、「はっはっはっ」と細かく吐いてみたり、「はぁ~~~~」とゆっくり吐いてみたり、いろいろ試す。  座ってみたり、腰を曲げたり、立ってみたり、横になってみたり、自分が一番楽な姿勢を一生懸命探す。

頭で考えたというより、体の声を一生懸命聞く感じ。これが今回の安産の勝因の一つになった。病院に行ってから、助産師さんに「初産とは思えない!」と褒められるほど、上手に呼吸法や痛みを逃す体勢をとれていたらしい。

自分一人しかいないから誰かに頼ることもできないし助けてもらえないし八つ当たりもできなかったけど、一人だったからこそ、余計なことを考えず、自分の体にだけ100%意識を向けることができたので、自分の体とお腹のハナコのために一番楽な姿勢や呼吸を早々と見つけ実践することが出来たのだと思う。

実際・・・ひとり陣痛に耐えていた姿は、まあ、人には見せられないと思う 一人だったからこそ自由奔放な姿でいられたというか・・・coldsweats01  (床を這いながらトイレに行ったり、使用済みナプキンをそのまま床に放置したりとかさ) 人の目を気にしちゃう私には、その気儘さがとてもよかったのだと思う。

で、21時を過ぎたあたりから、テレビで何をやってるかわからないし、時計を見る余裕もなくて、ひたすら陣痛と向き合っていろんな体勢をとりつつ我慢していたのだけど、いよいよどういう姿勢をとっても痛みを逃すことができなくて・・・ 22時20分くらいかなあ、業を煮やして“えいやっ”と立ち上がろうとした瞬間・・・

 決壊。 生温かい水が流れた!

あ、破水だ。 これはどう考えても破水だよな。

陣痛の痛みさえも忘れるほど、びっくりした。 夜用スーパーのナプキンが一瞬にして容量MAXくらいになった。漏れないように、ゆっくりと玄関までいき、入院荷物の中からお産パットLを取り出し、そのままトイレに這っていき、ナプキンをはずし、お産パットを装着。水が出てくる感覚がまだ続く。早く病院に電話しよう!
病院の指導では、破水してから24時間以内に分娩させないと胎児にリスクが生じるとのことで、破水したら即病院に向かうようにと言われている。

22:27 病院に電話。

「あのう、夕方電話した、きらきらですが・・・、破水しました。チョロチョロではなくて大量に出ましたので間違いないです。(ここで痛みが来る) はぁはぁ・・・えっと、かなり痛い!です。」

「大丈夫ですか!? 病院までどうやってこられますか? 時間はどれくらいかかります? 付き添いの方はいますか?」

「えっと、一人タクシーで行きます。誰もいないんで・・・。大体20分くらいですが、入院の荷物はよういしてるんですが、たぶん全部もっていけそうにないので持てる分だけもっていくので、準備して出るまでに10分くらいかかるかも・・・」

「一人? 大丈夫? 」

「ええ、家の前ですぐにタクシーはつかまりますから (ゼイゼィ・・・)」

「ではすぐに来てください。荷物は診察券と保険証と入院書類一式だけ忘れずにもってきてくれたらいいですから! 病院の玄関まで迎えに行きますからね!!!」

今回は、破水して陣痛の痛みがあるときに電話をしたのでかなり緊迫した様子が伝わったのだと思う、電話の向こうでもものすごく心配してくれて、私自身も、ああようやく病院に行けるわ、と思った。 このときにはもう日付が変わるまで我慢しようなんて、そんな考えはまったく消え去っていた。

せっかくパッキングしていた入院荷物から必要最低限の荷物だけを取り出して、カバンに放り込み、タクシーの中を濡らさないようにもう一回お産パットを取り替えて、シートにしくためのバスタオルをつかみ、まだ会社で仕事中の夫に電話(いつでもお休みをとれるようにがんばって仕事をしてくれていた)。

「あのね~・・・(ゼイゼイ) 破水しちゃったから、病院に行くね」
「えっ!? 破水!? 大丈夫? 病院に電話した?  一人で行ける?   なんでこんな時間に! もっと早くに分かっていたらそっちに向かえたのに! 朝まで一人でがんばれる? 」
「たぶん、朝までに産まれるってことはないと思うからさ、朝イチの新幹線できて。それまでがんばるぅ~ ううう・・・(痛)」

病院に電話してからなんとか10分以内には部屋を出ることができた。

(つづく)


まあ、結局一人でもなんとかなったよ! って話ですが、本人は必死でしたsweat01
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出産レポ2 ~陣痛の始まり? 自宅でひとり4時間がんばる!

※3月10日記事のコメントまで、お返事をしました。
 皆さま温かいメッセージをありがとうございました。 何度読み返してもまた涙があふれてきます。

出産レポのつづきです。 前回はコチラ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

sun3月1日 夕方

お買い得品をゲットして、これでしばらくは買い出しに行かなくても大丈夫! とご満悦でしたが、前日(28日)に余り眠れなかったのと検診に出かけた疲れで睡魔が。うとうとしながら昼下がりを過ごしていたが、突然やってくる痛みの波に目が覚める。 気を紛らわすためと、とりあえず病院から帰ってきた報告をしようと、ブログ記事を書き始める。 「帰ってきたものの・・・

しかし、書いていて、最後にアップする前にまた痛くなってきたので、お布団の上に転がって痛みに耐える。耐えているうちに眠くなってそのまま眠る、それの繰り返し…。 (そのためブログ記事をUPすることができなかった)

いよいよ痛くなってきたのは、17時過ぎだろうか? ここら辺はよく覚えていないが、17時半過ぎには、「痛みの来た時間を測ってみよう~」と、痛みに耐えながらかかっている時計の秒針を凝視し始める。

18時前には4~6分間隔で痛みの波がやってくるようになった。

これって、陣痛かなあ?
でもお昼の検診では、まだまだな感じだし・・・耐えられないほどの痛みでもない(生理痛MAXでこれくらいの痛みは体験したことがあるので)。 我慢していてもいいものだろうか? 
前日に破水かなあ?おしるしかなあ、と病院に行って「まだまだ」と言われ、この日のお昼にも「まだですね」といわれ、3回目のフライングはさすがに恥ずかしいな~、なんて考えていた。

そうやって3~40分耐えて、それでも痛みが続くので6時半を回ったくらいに、病院に電話をした。

「生理痛のヒドイ時のような痛みがだいたい4~5分おきにやってきて、かなり痛いです。 『入院案内』 には10分おきに痛みが来たら電話をとあったので、お電話しました。 今日のお昼の検診では子宮口はまだ2センチくらいで『まだ』といわれましたが、どうしましょう」

できるだけ正確に状況を伝えたいと思ったのと、痛みの波が引いたときに電話をかけたので、口調はかなり冷静で落ち着いていたと思う。電話の向こうの看護師さんも、ワタシの落ち着いた口調から判断したのだろう(と後になって言っていた)こう返事があった。

「初産ですよね、このまま陣痛が遠のく可能性もありますから、しばらく様子を見てください。このまま痛みが強まるようならまたお電話いただけますか? 破水はしてませんね?」

「はい、まだ大丈夫です。ではもうしばらく様子を見ます」

このとき、痛みの波が来ているときにしゃべっていたら、もっと早くに病院に向かっていたかもしれない。 でも痛みは最長90秒で引いていく。 引いてから5分くらいは平気になる。 その平気な間に電話をしてたのでけっこう普通にしゃべっていたのだ。

でもさあ、3~6分間隔で痛みの波が来ている状況って、まさに「ザ・陣痛」ではないかしら? なにぶん初めてのことなので、これが我慢していいものなのか、病院に向かっていいものなのかが分からなかった。そしてそのあとの4時間を自宅で一人で痛みに耐えることになったのだ。

病院からの電話を切った後、一応、夫のケータイに電話をして報告。

「痛みの波(←陣痛かどうかわからないから、あいまいな表現) が3~6分間隔できてるから、病院に電話したんだけど、初産だから陣痛が遠のくかもしれないからしばらく様子見してねって言われた。 いよいよ我慢できなくなったらもう一度病院に電話するけど、まだ来てもらわなくてもいいかも」

「まだ、行かなくていい? 一人で大丈夫?」

「うん、今日のうちに来てもらっても・・・。最悪夜に入院になっても、どうせ朝までかかるだろうから朝イチの新幹線できても間に合うんじゃないかなあ・・・」

「じゃあ、何かあったらすぐに電話してね。辛くなったらすぐに病院に電話するんだよっ」

夫は立ち会いを希望していたので、この時点で産まれることが分かっていたら新幹線に飛び乗り、間に合ったのに。私の我慢のおかげで、彼は間に合わなかった(^_^;)

メモ帳には、走り書きで、時刻が書きなぐってある。
秒数はないが分単位で 短くて3分間隔、長くて6分間隔。 記録は18時28分から20時56分まで。最後の方はミミズが這ったような字。 かなりテンパッテいるのが分かる。9時以降はもうそれどころではなかった模様。

夫に東京に来てもらうためには、遅くとも8時半には電話をしないとこの日のうちには移動ができない。 ああ、今晩は1人で乗り切るか!  がんばるぞ~! となぜか前向きなワタシ。 できれば入院も日付が変わってからにしたいな~、なんて痛みの波の間でぼんやりと考えていた。

そんななか、19時半くらいに母から電話があった。

「きらきらちゃん、体調はどう? 今日、健診だったんだよね。どんな感じ? 順調?」 

ああそうか、健診に行くって言ってて、その報告電話してなかったなあ・・・。  28日に飛び込みで病院に行ったことも、おしるしがあったことも、生理痛のような痛みが前の日の夜からあったことも、母には言っていなかった。遠く離れた地ですぐに駆け付けることもできない母に心配かけたくなかったから。

で、また強がってしまった。

「うん、全く問題なしだったよ~♪ ハナコも順調で元気いっぱいだった。 早くハナコに会いたいよね~。 (と、ここで痛みの波が来る!)   あ、お母さん、あのね、昨日アンマリ眠れなかったからさ、今とっても眠いんだよね。ちょっと寝てもいい? ごめんね」

と、うめき声にかわる前に電話を切ってしまった。

テレビではネプリーグ。 ネプチューンのオバカな回答を見ながら、痛みに耐えた。

その後ネプリーグを見るたびに、あの時の自分の頑張りを思い出して、なんだか笑い?がこみ上げてきますcoldsweats01

(つづく)


アンマリ、我慢はよくないよね~ という半面教師にしてくださいましsweat01
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ミルクの選択。

生後2週間ですが・・・、
母乳育児を諦めようかとおもっています。

母乳は出ないことはないのですが、なかなかハナマル君がうまく吸えないらしく、吸えないことがもどかしくて大泣きしてしまいます。哺乳瓶でも一気に飲むのは20ml程度で、病院では一回に5~60ml、3時間おきに与えてくださいと言われているのに、その量を飲むのに四苦八苦しています。

それでもおっぱいから直接飲むよりかは搾乳したものを哺乳瓶であげるほうが早いし、それ以上にミルクをあげるほうが早い。

本当は、自分の乳房に吸い付く我が子を見ていたい気持ちは山々なのだけど、生後短期間少量だけど母乳を自分の乳房から含ませてあげられた、それだけで新米ハハは満足だよconfident

それよりも、たくさん飲んで早く大きくなってほしい、それの方が大事。

ということで、早々に母乳をやめてミルクオンリーになりそうです。



ミルクを選択する理由が、もう一つ。

不妊クリニックに預けてある、凍結胚のお迎え。

こちらは断乳して生理が始まらないと迎えに行けない(移植ができない)。
なので、どうせ母乳がうまく与えられないなら早々に切り上げて、お迎え時期も早めにしようかと。

私もあと2カ月もすれば40代突入。
ハナマルが産まれてまだ2週間だけど、すでに「もう一人欲しい」と思っている。 いや、驚くことに、産まれて2日後にはもう一人産みたいと思った!

私は一人っ子で、兄弟はいない。
一人でなんでもやれるように、と育てられたし、そうやってきた。(今回の分娩も一人で乗り切った!) でも兄弟姉妹がいたらどんなに心強いだろう、と想像することはある。自分になかなか子どもができなかったときも、親に申し訳ない気持ちもあったし、兄弟姉妹がいれば・・・と考えたこともある。

ハナマル君を見ていたら、この子に40歳になる両親以外に、頼れる存在、身寄りを作ってあげたいと、そう思うようになった。


たった一人でいい、我が子をこの胸に抱きたいとそう思ってがんばってきましたが、人間というものは欲深にできているものですね。

凍結胚のお迎えがうまくいくかどうか、その可能性も決して高いものではないし自然妊娠だって加齢にしたがって可能性はどんどん小さくなっていく。 でも、ハナマル君の人生が豊かになるなら、そしてお迎えを待っているタマゴちゃんを産んであげられるなら、ハハはがんばるぞ!

とはいえ、まだまだ育児は始まったばかり。試行錯誤しながらベストじゃなくてもベターなやり方を探していきたいと思います。

コメントのお返事が遅れていてすみませんsweat01
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出産レポ1 ~おしるしから陣痛の始まり。

記憶が新しいうちに記録として出産レポを書いておこうと思います。
現在、平日はワタシ一人でハナマルの相手をし、確定申告の書類をまとめ(今日やっと提出できた!)年度末の雑用をやりながらの生活のため、文章を整理して書くことができません。読みづらいところもあるかと思いますが、ご容赦ください。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

sun2月28日のこと ※詳細は当日の記事をどうぞ。「Xデー、…」 「帰ってきました」

陣痛がやってくる前日(28日)の東京マラソンの日、おしるしらしきものが登場し、タクシーは使えないから地下鉄を利用してい病院に行った。休日だったししかも妊婦健診票は使えなかったので、13000円もかかった。
NSTでは特に陣痛らしきものもなく、お腹の張りもなく、胎児の心拍はすこぶる健康で、子宮口もまだ開いていないため、帰ってきました。

そしたら、その日の夜には、生理の初日程度の出血があり(これが本格的な「おしるし」となった)深夜からは生理痛のような痛みが不定期にやってくるようになった。

明け方には15分おきくらいに生理痛がひどい時のズーンという痛みの波がやってくるようになった。


sun3月1日のこと(陣痛が始まるまで)

この日は11時から妊婦健診12回目の予約が入っていた。未明からズーンという痛みの波が来ていたので、一応夫に連絡をしたら、「健診を待たずにとっとと病院に行ってくれ!」といわれたけど、健診時間まで待つ。昨日帰されたばっかりなのに、狼少年にはなりたくなかったもん!
 その時の様子は こちら 「39w3d 前駆陣痛か?

この日は、戌の日だったので貧乏症(^_^;)の私は、検診に行く前に水天宮に行ってみた。いよいよかもしれないから安産の祈願をしたかったのと、参道で配付しているサンプル品(葉酸ドリンクとか、おむつサンプルとか、いろいろ配っている) が欲しくて。  目論見通り、メ○ーズ3枚入りサンプルを3つと、栄養ドリンクサンプル2本をゲットして、ちょっとご満悦で、タクシーに乗り込み病院に向かった。

日中はタクシーよりも地下鉄で向かった方が早いかも、なのだけど、もし≪なにかあったとき≫にタクシーにのってどれくらい時間がかかるか、そしてルートはどうなっているか確かめたかったので、タクシーを使った。

これが、この夜、たった一人、破水してテンパリながらも無事に病院までたどり着けた勝因の一つであることは言うまでもない。 (午前中にリハーサルしていたようなものだからねscissors

健診では、先に「お腹が痛い」「出血がある」と伝えたので、前日に引き続きNSTでモニターチェック。

モニターから吐き出されるグラフ用紙をにらみつつ、可視化された陣痛の波(折れ線グラフ)を確認していたら、だいたい10~15分くらいの間隔で、陣痛の山が現れた。

 「これって、陣痛じゃないのかなあ・・・」
 「でもまだ耐えられない痛みじゃないし・・・」

なんてことを考えながら40分。そのあと内診をしてもらったら、子宮口が2センチほど開いていると。
ただまだ陣痛にしては弱いし(というか、私がかなり平気な顔をしていたから。 だって、波が引いたら普通なんだもん) 
「今晩入院になるかもしれないけれど、また遠のいて3~4日後になるかもしれない。帰っていいですよ。どうします?」と先生に言われた。

そんな感じだったので、 「入院グッズを全部持ってきたわけじゃないし、部屋も片付いていない。家に誰もいないし、荷物をもってきてくれる人もいないから、とりあえず帰って、部屋の片づけをします。」と言って、次週3月8日に妊婦健診13回目の予約をいれて、帰りました。(陣痛来ているのに1週間後の検診予約って・・・と今になっては笑い話です)

でもね、本当はそのあと14時から仕事の打ち合わせで人と会う約束をしていたのね。(結局先方の都合でキャンセルになったのだけど) だから問題なければ産まれる前にひと仕事を片付けておきたかったというのもあったのだけど。 ・・・まあ、そんな余裕は実際なく、打ち合せどころじゃなかったなあ、というのは後になって思うところ。

帰りは地下鉄で帰ろうかと思ったけれど、生理痛のような痛みはまだ続いているし、駅まで歩くのが辛そうだったからこれまたタクシーで帰宅。 自宅前までは一方通行のためメンドクサイからちょっと手前でおろしてもらう。
近所の八百屋で、新潟産コシヒカリ5キロが1680円で売られていたので、嬉しくなって購入。さらに、牛乳1Lが158円、ブルガリアヨーグルトが128円、ついでにリンゴも購入。 なぜか荷物の総重量が10キロくらいになってテクテク自宅へ。帰宅時刻は 15時前くらい。

お買い得品のおかげでご満悦になってしまったため気がつくのが遅くなったのですが、実はこのとき痛みは朝のの2倍くらいの強さになっていました。 ⇒「帰ってきたものの・・・

(つづく)


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生後10日 初外出

3月12日(金) ハナマル君、初外出記。

退院後の母乳外来に行ってきました。

※体重測定や黄疸チェック、授乳の仕方の相談、便の様子などなど、新生児の心配事もろもろの相談に乗ってくれるものです。新米ハハで一人暮らし・・・って、もう二人暮らしかcoldsweats01 の私にとって、心強いサービスです。
(もちろん有料だけどね) 

ハナマルをアフガンにくるんで横抱きにし、荷物を肩にかけてタクシーに乗って病院に行きました。

そのタクシーの中で、感慨にふけりました。

+++

そういえば、この前にタクシーにのって病院に向かったのは、陣痛の最中だった。破水直後で、必要最低限の荷物だけもって、ぜぃぜぃ、はぁはぁ、言いながらタクシーに乗り込み、運転手さんには「救急車を呼んだ方がいいのでは」と心配され、電話の向こうの看護師さんは到着を待つ間に「タクシーの中で産まれるかも」と心配していたと後になって聞いた。。

あのとき、ハナコはまだお腹の中にいたんだよな~。 そしてそのあとの初対面に向けて一緒にがんばってくれていたんだよね。

今日は、そのハナコ改めハナマルが、私の腕の中にいる。

目をパチクリしながら、荒い運転(ホントにジェットコースターかってほど荒かった)にも動揺せずにおとなしくしていた。(外出直前までぐずっていたのに、帰るまで泣かなかった) 乗り物好きなのは、胎児のころから変わってないね、ハナマル君。 

お腹の中にいたハナコが、ハナマルになって腕の中にいる。それみてまた新米ハハは涙がにじんでしまった。 あの夜、私もがんばったが、ハナマルもスゴークがんばってくれたんだよね…。

+++

病院帰り外に出たついでにと、子授け祈願そして安産祈願にと通いまくった水天宮様に立ち寄り、無事ハナマルと対面できたことにお礼参りしてきました。鈴の緒を前にしてまた涙が・・・。

そんな幸せな気分を満喫した、初外出の日でした。




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コメントのお返事をしました(出産直前まで)

産まれるまでの記事 3月1日付 「前駆陣痛か?」までにいただいたコメントにお返事をしました。

かなり冷静に記事を書いているようですが、出産前の1週間は本当に不安と戦う日々でした。なにせ普段は1人で生活をしていて、何かあったときにすぐに頼れるひとは誰もいないわけですから。

そんなときに、皆さんから応援コメントやアドバイスをいただいて、どれだけ心強かったことか。
そしてコメントはなくても、何度もブログを訪問して様子を見に来てくださった方もたくさんいて、とてもうれしかったです。 お礼が遅くなってしまい大変申し訳ございません。

皆さまのおかげで、無事に出産、そして現在 憧れの “育児” をスタートすることができました。
本当にありがとうございました。

※出産報告記事のコメントへのお返事は今しばらくお待ちください。


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帰ってきたものの・・・(3月1日の夕方記事)

皆さま、祝福のコメントありがとうございます。メッセージを読むたびにこれまでのことがいろいろと思いだされてまた泣いてしまいます。 もうちょっと落ち着いたらお返事させていただきますね!

下記、3月1日の夕方に(時間は正確には覚えていない)に書いていた記事です。下書きで放置されていましたのでUPします。 「39w3d前駆陣痛か!?」 のつづきになります。

この日は午前中(11時過ぎ)に妊婦健診でした。その時は子宮口はまだ2センチくらいだったのでとりあえず帰ってきたのですが・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

痛いっスcoldsweats02

痛みのウェ~ブがぁ・・・sweat01

昨日はあまりねむれていないので横になると意識が遠のいて眠ってしまいますが、いきなり痛みで目が覚めます。

そろそろ、痛みの来る時間の記録をつけようと思います。

「10分間隔で来たら、病院へ連絡!」 という目安ですが、

現在、5分間隔くらいのが来ています Σ( ̄ロ ̄lll)

イキナリですか? マジですか?

ああ、何やら、テンパッテおります。

その隙間の5分で記事を書いていますが、さすがに余裕がないみたいですsweat01





入院費用は、時間ではなく、日数換算ときいています。
夜の23時55分に滑り込んでも、1日分です。

  ( Д) ゚ ゚

せめて、日付が変わってから入院したいものです・・・coldsweats01





ハナコ~!   がんばろうね~!



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3月8日 結婚12周年記念日 を 親子3人で

平成22年 3月 2日 午前1時21分 

私は親になりました。

親になることができました。

初めて対面した我が子に対する気持ちは、言葉では言い尽くせません。

予定日(3月5日)を待たずして産まれてくれたおかげで、7日(日)には退院し、3月8日、私と夫と我が子と3人で、自宅で結婚12周年記念日を過ごすことができました。

親子三人水入らずの記念日です。
昨年も、一昨年もその前もずっと、二人きりの記念日でした。

この記事を書いているだけで、涙が止まりません。

自分の子をこの腕に抱いていることに感涙です。
自分が親になったことに感涙です。

分娩の興奮が収まってきた産褥4日目の夜から、ことあるごとに涙があふれてくるようになりましした。産後うつなどではなく、ただただ嬉しくて嬉しくて。かわいくてかわいくてたまらないです。

*****

出産レポなど、おいおいUPしていくつもりですが、イントロを少し。

入院日時が 3月1日23時00分。
出産日時が 3月2日01時21分。

病院に到着してから2時間21分のスピード分娩でした。
この “病院に到着してから” というところがミソです。

*****

ハナコあらためハナマル誕生のご報告でした。



応援そして心配してくださった皆様、本当にありがとうございます。
ご報告が遅れて申し訳ありません。
現在母子ともに健康で過ごしております。

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39w3d 前駆陣痛か!?

本日、3月1日は満月&大潮~♪

月齢カレンダーをみたら、本日、日付変わったすぐの午前1時38分に満月になっているみたいです。

その影響でしょうか、昨日の夜から、生理痛のような腹痛が頻繁になり、今朝未明、5時前でしょうか、腹痛で目が覚めました。

きゅ~んと痛くなって、しばらくして引いていく感じ。10秒程度のものが10~15分間隔で寄せては返す波のように。

昨日のイレギュラーの内診のせいか昨日の夜から出血も続き、今朝は、まるで生理のようなオリモノが。

まさに、しばらくご無沙汰していた 「赤いアイツ」 です!  (ありがたいことに、妊娠してからは出血は一切なかったので、ホントに久々です)
「ああ、最後のリセットっていつだったかなあ…」 なんて、赤ちゃん待ちをしていたときに「言ってみたいセリフ」のランキング上位のモノですよ。

※昨日の午前中の「茶色の水」はお茶のようなサラサラしているもので、これって、おしるし??? って感じでしたが、今回は本物の経血そっくりのドロッとした鮮血です。 世にいう「ざ・おしるし」 っぽいです。 

ああ、今もまた、波がやってきます。

なにせ、何もかもが初めてのことですので、これが、「前駆陣痛」なのか、ホンマモンの「陣痛」なのか、はたまた、生理痛なのか、区別がつきませんcoldsweats01

セオリー通りなら、「おしるし」→「前駆陣痛」→「陣痛」→「破水」 となるでしょうが、どうなんでしょうね~。

「おしるし」や「前駆陣痛」など、ない人もいるとのこと、でも一生に一度のことかもしれないのでフルコースで体験するのもいいじゃん! と楽しみに考えています (いや実際は、かなり痛いし苦しいんだけどね)

夜が明ける前に夫に「陣痛っぽいのがきた~」とメールをしたら、ソッコー電話がかかってきて「すぐに病院に電話しなさい!」といわれました。 電話で起こしたくないからメールにしたのに、枕元にケータイを置いていてくれたみたい。なんか申し訳ないけど嬉しかった。
いまのところ、そんなに苦しい感じはしないので、昨日の今日でもありますから、今日の午前中の妊婦健診の予約時間に合わせて出かけるつもりです。

さて、どうなることやら…。  お楽しみに♪

 (※お気楽な文章で気を紛らわしていますが、痛い時は涙が滲みますbearing ) 

きょう、病院から戻ってきたら、遅れているコメントのお返事を書きますsweat01
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