★産まれました

出産レポ 後記

出産レポ1~6 で書ききれなかった分の雑記です。

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3月2日 午前1時21分 2806g 男児誕生
自然分娩  分娩時間 7時間25分。

※入院してからは2時間21分ですが、陣痛開始を病院に最初に電話をかけた6時ころと考えてこの時間が記録されています。 ホントはもっと長いような気もするし、もっと短くてもいいような気もするけど、ま、いっか。

****

スピード出産のためか、出血量が普通よりも多くて、635ml。 (400ml以上は「多い」扱いになるらしい) さらにこれまたスピード出産のためか子宮収縮もなかなか始まらずゆっくりだったらしい。

今回の分娩は、担当してくれた助産師さん(この病院の看護師は全員助産師さんなのだ!) が、とってもほめ上手だったため、ワタシも調子にのってとても上手にお産ができました。

助産師さんは「きらきらさんは、初めてとは思えないくらいとても上手でした!」とほめてくれた。「口では“痛いです!” “無理です!” って言いながら、呼吸法も姿勢もこちらが『こうしてください』と言った通りのことをやってくれてました。あの冷静さには驚きです!」 だって。 いえいえ、Hさん、あなたが「あと2~3時間」「あと5回」と、私に希望を持たせてくれたからこそ、頑張れたんです。今回の安産はあなたのおかげです。本当にありがとうございました。 ※会陰切開や麻酔は医師の担当ですが、ハナマルを取り上げてくれたのは助産師さんです。

そうそう、後の処理が終わった後、分娩台の上で、助産師さんに「もう名前は決まってますか?」と聞かれて「はい、ハナマルです!」 「そう、ハナマルくんって言うのね!」 と 言ったら、ハナマルが「アイッ!」 と返事をしました。 タダの偶然ですが、その場いいた全員が顔を見合わせて、「今、返事したよね?」 とびっくり。  とても素敵な思い出です。 

*****

入院中のこと

ワタシが最初に「母乳で!」と何も考えずに言ってしまったために、ミルクが与えられずハナマル君の体重は1割減。 かわいそうに、3日目から看護師さん判断でミルクがどんどん与えられるようになりました(^_^;)

初日は、夫がすべてやってくれました。すべてとは…
出生届などもろもろの手続きです。 すでに産まれる前から名前は決めていたので、3月2日の昼間に手続きをやれる分を全部済ませました。 私自身が役所に出しに行きたい気持ちもあったのですが、分娩の感動をワタシが一人占めしたのですから、そのほかのことは夫にやらせてあげようと。 初抱っこも、出生届に初めてハナマルの名前を記入するのも。役所に出しに行くのも。

平日だったから、面会時間が終わったらそのまま大阪に帰っていった夫。別れ際にまた、泣けるセリフを言いました。

「きらきらはいいよね~」 「なにが「いいよね」?」 「だってこれからずっとハナマルと二人きりの時間を満喫できるんだからさ。一人占めじゃん。」

母子同室の病室で、私が声をかけてもハナマルの顔から眼をそらさずにいた夫。 「テレビないと入院中寂しいかと思ったけど…、要らないんじゃない?」 だってさ。 確かにテレビなんて見ている暇はなかった。

病院食は・・・ まあ、可もなく不可もなく。お祝い膳では鯛の尾頭付きが出ました! でも余り食欲がなくて。体がむくんで顔がアンパンマンのように膨れ、足なんかくるぶしが埋没してしまいました(^_^;)  最後の夜に看護師さんにマッサージしてもらっちゃった。幸せでした。

会陰切開… うーん、切った感覚はあったけど、後の縫うのがとんでもなく痛かった。 出血が多かったので中の方も縫った。医師が無言で縫うので、何をされているのか分からずとにかく痛い! 陣痛の方が波のサイクルが予測できるだけ耐えられたけど、麻酔をしてもらって縫ってるはずなのに、痛すぎ! 

母の来訪…3日目に母が来た。 退院してからでいいよ、と言っていたのに、体調も悪いのに、いきなり病室のカーテン越しに名前を呼ぶ声が! 母だった。「来たよ」だって。 一人で、田舎から在来線や新幹線を乗り継ぎ病院までやってきた! 「よく一人で来られたね」というと、「だって、あんたのほうこそ…えらいね、よく一人でがんばったね(涙)」 だって。 その夜、散らかり放題の私の部屋で母は一泊し、そして次の日に帰って行った(祖母の介護や、自分の体調のこともあったので、本当は日帰りのつもりだったらしい)

母乳指導…なかなか母乳をうまく飲んでくれなくて。母子同室なのに、新生児室に入り浸りで看護師さんに指導してもらっていました。なんだか、入院というより、おっぱい合宿のような6日間でした。

*****

退院のこと 3月7日(日)

週末ということで前日の土曜日義理の両親が東京見物も兼ねてきてくれた。夫も土曜日の朝イチで。すでにおっぱい合宿の疲れで憔悴している私。 翌日には退院して自分たちだけで頑張らないといけないかと思うと不安。 退院の日は日曜日。 ハナマルと夫と私の3人で退院。 タクシーで帰る。 タクシーの中で涙があふれてきて止まらなくなった。 感極まった状態の私は全く気付かなかったけれど、夫が後で行っていたがこのときのタクシーの運転手さんはとても優しく運転してくれたらしい。振動がほとんどなくカーブでも揺れが最小限だったそうな。

家について、まずしたのは、部屋の片づけ。

産後の肥立ち? 三週間は床上げナシ? そんなどころじゃない。 ハナマル君の居場所を作り、陣痛に耐えててのたうちまわっていた?惨状を片付けるところから始めた。 入院中に部屋に入った夫と母が汚れものだけは片付けておいてくれたので助かったけど。 お昼過ぎに自宅についてから、ゆっくりと横になったのはもう日が暮れてからのことだった。 録画していた「ぐるナイ ゴチバトル」を見ながら 夫が近所のお惣菜屋さんで買ってきたメンチカツと肉団子を一口ずつ食べた。

翌、3月8日(月)

結婚記念日。 夫の両親が帰るまえにハナマルを見に来るので必死に部屋を片付ける。半日はほとんど座る暇もなかったけれど、義両親がいてくれる間に、役所にいって、夫と二人で水天宮にお参りに行った。

この一週間前、陣痛が始まって、妊婦健診を受けにいったな~。そのときに一人で水天宮に安産祈願をしたな~、と、とても遠い過去を振り返るように感慨にふける。 今は、ハナマルも誕生し、夫と二人で水天宮にお礼参りしている。 境内ではずっと涙があふれて止まらなかった。

義両親が羽田に向かい、そのあと、ハナマルと夫とワタシと、親子三人水入らずの結婚記念日、そして「お七夜」をやった。 出生届は産まれた日に届けてすでに命名をしたけど、名前を書いた色紙を飾り、デパ地下で買ってきてもらったちょっと豪華なお惣菜をテーブルに並べ、三人で祝った。

本当は次の日の仕事のために、この日のうちに大阪に帰るはずだった夫に、つい「お願い明日の始発で帰って」と珍しい甘えを口にしてしまった私。夫が「きらきらがそんなこと言うなんて!」 と驚いて、笑いながら翌日のフレックスを上司に申請してくれた。 

ネプリーグを見ながら、「先週の今頃は、一人で陣痛でたえていたな~」 「まだうまれてなかったんだよね~」と、いろいろと振り返った。

これで、出産レポは終了です。 長文読んでいただいてありがとうございました。

もう、産まれてからひと月がたちました。そろそろこのブログもフィナーレです。
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3月末日ですが・・・

なかなかブログ記事を思ったペースでUPできなかったので、3月いっぱいで、といっていたこのブログのクローズを延期します(^_^;)

皆さまから頂いたコメントには必ずお返事させていただきますので、もう少々お待ちくださいませ。

あ、1か月検診、無事に終了しましたscissors



お返事、ちょっと待っててね。
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出産レポ6 ~「産まれたよ!」

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出 産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出 産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出 産レポ3~いよいよ破水!
 出産レポ4 ⇒ 「出 産レポ4~入院。
 出産レポ5 ⇒ 「出産レポ5~我が子との対面

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我が子との対面を果たしたあと、ハナマルが出てくるときに電話が鳴っていたことを思い出し、看護師さんにケータイをとってもらう。

着信履歴は、1時20分。 出産時刻の記録は1時21分だから、まさに産まれる瞬間にかかってきた電話だ。

メールも数件入っていて、全部夫からだった。タクシーで病院に向かっている時刻や、入院手続きの書類を書いている時刻、NSTのモニターと記録用紙を凝視している時刻…。  内容は 「大丈夫?」 「無事に病院にたどりついた?」 「がんばれ!」 「朝イチでそっちに向かうからね!」 などなど、私を案じる言葉と励ましの言葉が並んでいた。

ケータイをとってもらって、分娩台の上で電話をかけた。


私「もしもし~」
夫「もしもしっ! 大丈夫? どんな感じ?  痛い? 一人でがんばれる? …」 

と、なんだか眠そうだけど必死で心配してくれている言葉が矢継ぎ早に聞こえてきた。

私「あのね~それがね…、産まれちゃった~」 (^_^;)

夫「え、産まれ? ええっ!? もう産まれちゃったのっ!?」
私「うん、聞こえる? 泣いてるの・・・」
夫「え、隣の人とかじゃなくて? ウチの子? コレ、ハナマル君の声なの!?」
私「うん、そう、たった今ね、産まれちゃったよ! チョーかわいいぞ!」

夫「ええ~っ!!!!! だって、朝までって…、もう? え、ホントにぃ??? スゴイ、すごいね! 泣き声がかわいい、かわいいよ!」

そりゃあ、びっくりしただろう。 「病院に行くね」と電話したのが22時半。 それから3時間しか経ってない。 立ち合うつもり満々だった彼にしてみたら、いや、私自身だってびっくりの事態。

電話の向こうでは、なんだか涙声。ハナマルのなく声を聞くだけでかわいい! と言った夫が、かわいかった。

産まれる何年も前からずっと待ち望んでいた我が子。どれだけ会いたいと思っていたか、私とはまた違う思いでハナマルとの対面を心待ちにしていた彼に、その誕生の瞬間に立ち会わせてあげられなかったのは残念だけど、産まれたすぐの声を聞かせてあげられてよかった。 

バースプランは二つだけ。 夫の立ち合いと、記録のための写真撮影。ひとつはかなわなかったけど、もう一つはしっかりとやり遂げた。

「これだけは忘れまい!」とカバンに入れていたデジカメ。ケータイをとってもらったのと一緒にデジカメもカバンから出してもらい、助産師さんに渡す。「本当は夫がたくさんとってくれるはずだったけど、間に合わなかったので、代わりに赤ちゃんの写真を撮ってもらえますか」とお願い。 産まれた直後から、スケールに乗って体重を測っているところや、大泣きしているところ、初めて外の空気を吸ったハナマル君をたくさん写真に収めてくれた。

胎盤をだし、切開したところを縫って、超スピード安産のためか出血が多かったのでそのための処置をして、ひと段落ついたところで、今度は私とハナマルのツーショットをケータイで写真を撮ってもらった。

メールで、ケータイで撮ってもらった写真を夫に送った。2時33分。

朝イチの新幹線で東京に向かうため5時起きの彼からの返事は、「嬉しすぎて眠れないよ!」だった。

そうだ、母にも連絡しよう。深夜2時半で出るはずはないけど、電話をかけた。留守電になったので、私は何も言わずにハナマルの泣き声をきかせた。 産まれたばかりの泣き声が、母のケータイに録音された。 (夫が、コレを超ウラヤマしがっていた! だって、これだけなんだもの、ハナマルの産声が残っているのは!)

ついでにケータイメールで写真も送った。 これも、何も書かずに写真だけ。

朝、起きて、ケータイを確認した時の驚きを想像するだけで、なんだかわくわくした。

※でも私は待ち切れずに朝の7時前にもう一度電話をして、「メール見てね、あと、留守電メッセージも聞いてね」とメッセージを入れたんだけどね(^_^;) で、またそのあと電話をしたら母は涙声だった。 母には陣痛のことも破水のことも病院に行くことも言わずにきちゃったから、そりゃあびっくりしただろうなあ。前日の夜には普通に話をしていたんだから。

私が落ち着くまで分娩室で休み、4時過ぎに回復室に移動。 朝を待って病室に移ることに。ゆっくり休んでくださいと言われたけれど、興奮して眠れない。

ハナマルの父が到着したのは9時ころ。夫が到着したのち、看護師さんにハナマルを連れてきてもらう。初対面。 「抱いてあげてよ!」 と言ったら、「コワイ。どうやってだいたらいいの? 教えてよ」 と。 私も分娩台の上で自分のカラダの上に乗せてもらって抱いただけだったので、わからない。 看護師さんに抱っこの仕方を教えてもらう。 ちゃんとした初抱っこは、私ではなくて夫(ハナマルの父)にしてもらった。

私自身は、急展開の分娩のため興奮していてじっくりと感動を味わうという感じではなく、産まれたこと親になったことの感動は、このあと5日目くらいからあふれてきて、涙が止まらなくなるのだけど、 このときは夫の喜びの表情を見ていて、ジンワリと幸せを感じた。 


この日のことを思い返すだけで、また涙が出てきます
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出産レポ5 ~我が子との対面

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出産レポ3~いよいよ破水!
 出産レポ4 ⇒ 「出産レポ4~入院。

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NSTのモニターをつけて、モニターを目の前にして陣痛イスに前かがみに座る。
モニターから吐き出されるグラフ用紙と、液晶画面の胎児心拍数値の上下する様を凝視しながら、無心に陣痛と向き合う。

もう時計を見ている余裕はなくて、痛みと痛みの間に放心し、グラフの間隔で次来る痛みを予測し、「そろそろだな」とおもうと、「キターッ!」 と大きな痛みの波がやってくる。 最初のころは陣痛を表すグラフ、波の頂上は見えていたのだけど、もうこのころには、針は振り切っていて、山のてっぺんは記録用紙に記録されていない。それでも、その山は、のぼりがあれば必ず下りがあって、それも最長90秒の辛抱。 そのサイクルが分かってしまえば、耐えられないことはなかった。

私にとって、目の前にNSTのモニターがあったことが一番ありがたかった。母がいるより、夫がいるより、誰がそばにいるよりも、気持ちも体も楽になったと思う。 いつまで続くかわからない痛みや苦しみは、コワイ。 でもサイクルが分かり、終わりが見える痛みは、けっこう耐えられるものだ。

分娩室で「何かあったらナースコールしてね」とナースコールのボタンを目の前に置いてもらい、深夜たった一人で広くてガランとした分娩室にいた。(大学病院なので、分娩室はたくさんの人が入れるように広いのだ!) この日は他に分娩する人がいないらしく、分娩棟自体も静かで隣で他の妊婦さんの叫び声を聞くこともなく、ただ静かに、自分の陣痛の痛みにだけ集中した。

分娩室を後にする前に助産師さんが、「ハッハッハッ」と小刻みに息を吐く私に、大きくゆっくりと「はぁ~~~~」と吐きましょう、と言ってくれた。 陣痛イスに座るときも、背中を大きく丸く猫背にして、お腹を抱え込むような体制が楽です、と教えてくれた。

自宅で陣痛に耐えている間に、様々な体勢をとったり、呼吸の仕方も試してみた私は、「そうそう、そうだった。その通りだ!」 と思い出し、その通りにやってみた。 すると、やはりプロの指導はすごい。 お腹に力を入れることなく、痛みをうまく逃すことができた。  自宅での陣痛に耐えるリハーサル?をやり、さらに助産師さんの的確な指導のもと、我ながら上手に陣痛をかわすことができたと思う。

そして、1時くらいかな。(もう時計を見ている余裕はない) そんな痛みの逃し方では通じなくなり、どうにもお腹に力が入ってしまう。 そう、“いきみたくて仕方がない” 状態になった。

で、とうとう、というか、ようやくというか、ナースコールを押す。

あわてて駆けつけてくれた助産師さんに、「ゴメンナサイ、もうだめです」 と 言って、そのまま陣痛イスから床に転がり下りた。 助産師さんは床に横になりますか? とマットをもってきてはくれたが、私の様子を見て「もうこれは全開だ!」と判断。 「分娩台に乗りましょう。もう、いきんでもいいですよ」と。

なんとか自力で分娩台に上り、助産師さんの言うとおりに足や腰の位置をとり、「痛いです! ああ、殴って意識をなくしてほしいくらいですぅ~」とこの後に及んで、冗談にもならないセリフを吐く。

このときは、自分の意思とは関係なく、痛みの波にあわせて、子宮に力が入る。 「いきみ」だ。

分娩台にあがって、また私は助産師さんに聞いた。  「あと何回、痛みの波を我慢したらいいですかっ!」

入院直後に「後何時間?」と聞いたのと同じ。 ゴールが知りたい。「ここまでがんばればいい」 そう思うとがんばれる。

助産師さんは 「・・・、5回です! がんばってください」

うふふ。 この助産師さんは私をやる気にさせる天才です。 ほんとうは10回くらいは、と思っていたらしいけど、またまた私に希望を持たせるために5回って言ってくれたんだって! 

このおかげで「ああ、5回ならがんばれるわ、そう思った。

でね、本当にこの後、5回目の痛みの波のときに、頭が出た。

1回の痛みに2回のいきみ。実際に分娩台のうえで回数を数えた。4回目の波が来たとき「もう出ますか? まだですか? あと1回しか我慢できません!」 と言ってしまった。 助産師さんは「スゴク、上手です! もうすぐ出ますよ! きらきらさんは、とても上手にいきんでますよ!」 と、褒め殺しか?と思うくらいほめてくれて、私も調子に乗った。 で、5回目の波(9回目いきみ)のとき、頭が出て「あたまがでましたから、もう、いいですよ!」と言われた。

4~5回目の痛みの波とき、ハナコ(ハナマル)は足を突っ張り、「あ、動いてる~」と私は言った。 「赤ちゃんもがんばってますから、きらきらさんもがんばって!」 と助産師さん。

へその緒が左足にまきついていたので、会陰切開をして、頭が出た後は助産師さんに引っ張ってもらった。

「足の間から赤ちゃんが見えますからね、お母さん見てあげてください」

そういわれて、出口の方を見つめる。

「産道をとおってきた赤ちゃんは圧迫されたので青白いですけど、すぐに赤くなりますからね!」そう言われた通り、グレーっぽい色をした赤ちゃんが見えた。

「よく、がんばった! えらいぞ!」 と私は第一声、声をかけた。つい口を衝いて出た言葉だったが、後で助産師さんが 「きらきらさんは本当に冷静でしたよね! 赤ちゃんに『よく頑張ったね』って声をかけていたのに感動しました」 といってくれた。 頭が出かかっているのに、自分の足で蹴って一生懸命産まれようとがんばったハナマルだもの。ほめてあげたかった。

10秒ほどですぐに赤くなった、赤ちゃん。 ハナマルとの初対面。 涙は出なかった。 「感動」という言葉で片付けられるほど、単純なものではなく、すぐに抱かせてもらった温かい命に対する思いは、どんな言葉も足りない気がする。

ハナマルが産まれようとしているとき、私のカバンの中から、ケータイの着信音が聞こえていた。 ああ、夫からだな、そう思った。
出産時刻は1時21分。 電話の着信履歴をみると1時20分。 もちろん夫からの電話だった。

入院してから2時間20分で産まれた我が子。夫に報告をせねば!

(つづく。 次で最後かな?)

続きがなかなかUPできず、すみませんsweat01
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眠いぜ・・・

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出産レポ4 ~入院。

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる
 出産レポ3 ⇒ 「出産レポ3~いよいよ破水!

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sun3月1日 22時40分ころ家を出る。

病院に電話してからなんとか10分以内には玄関を出た。
マンションのエレベータの中で前かがみになりながらうめきつつ1階に到着。するとEVの外に30歳くらいのサラリーマン風の男性がケータイ電話を片手に立っていた。 彼は私の苦しそうな様子に気がついて、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれ た。 「大丈夫です」と返事しつつも、彼の「お手伝いしましょうか?」の言葉に甘えて「では、申し訳ないですがタクシーを停めてもらっていいですか」 とお願いした。

男性はワタシの荷物をもってくれてエントランスの扉を開けてくれて、「ゆっくり歩いてきてください、先にタクシー止めますから!」 と先に通りに出てタクシーを拾ってくれた。 「一人で大丈夫ですか?」と最後まで声をかけてくれて、タクシーの運転手さんにも「安全運転で!」とお願いしてくれた。 名前も部屋番号も聞かなかったので、お礼の言いようもないけれど、本当にあの時は助かった。 

タクシーの運転手さんは、ゼイゼイ、ハァハァと息遣い荒くて尋常じゃない様子に驚いて「救急車を呼んだ方がいいのでは!?」と言ってくれたが、「お産で救急車は呼べないんですよ~(苦笑)」と無理やりに精いっぱいの笑顔を作って答えた。 「あ、『ハァハァ』いってると痛みが和らぐので、息づかいが荒いんですが、そんなに緊急な感じでもないので、心配しないでくださいね♪」  なぜか見ず知らずのタクシーの運ちゃんにまで気を使ってしまうワタシ。きっと口からてきたセリフと態度・表情のギャップに、運転手さんも困惑しただろう。

昼間の妊婦健診でタクシーに乗ってルート確認をしていたおかげで、大体どこまで来たか、後何分かかるか予測できて気が紛れた。 「あとどれくらいかかるの?」と思っているとけっこうしんどかっただろう。 夜間のため車も少なく、昼間は20分かかったところが15分でついた。 「思ったより早かったな~」と痛みに耐えながらもほっとした。

病院の夜間・救急外来の入り口には、看護師さんが車いすをもって迎えに出てきてくれていた。本当なら、分娩棟のある3階まで自力で行かないといけないのだけど、破水したと言った私の電話の様子がかなりヤバそうな感じだったらしく、付き添いもなく一人でやってくる私を心配して二人も来てくれた。

なぜか、タクシーの運転手さんに「がんばってきます~」と手を振るワタシ。 看護師さんは、「この人、大丈夫なのか苦しいのか、どっちかわからない!」とそのとき思ったらしい(笑)

車いすで運ばれる最中も陣痛が来る。「うう・・、来たぁ!」とうめきながら分娩棟に運ばれる。 もちろん陣痛室はすっとばし、そのまま分娩室へ。

時間は見ていなかったけれど、後で入院の記録を見ると、23:00入院、となっていた。

sun23:00 入院

分娩室では、そのまま分娩台に上がるようにいわれて、横になる。NSTのモニターをつけて、胎児の様子と陣痛の波を計測。 分娩台の上で横になっていると、看護師さんから「入院の書類もってきました?」と聞かれ、「カバンの中に入ってます~! スミマセンが自由に探ってください」 とお願い。  実はこの書類、夫に書いてもらおうと思っていたので未記入だった。 「きらきらさん、記入してもらえますか」 と 分娩台の上で陣痛の波と格闘しながら、クリップボードに挟まれた書類に記入をした。 これまた走り書きのような字で 「うう、スミマセン、キレイに字がかけませ~ん」 なんて間抜けなことを言っていた。

さらに、「きらきらさん、ハンコがいるんですけど、もってきました?」 「ああカバンの内ポケットに入ってます、ええと、そう、そこ! それです。適当に押してください!」  「いえ、押印は本人じゃないと。押してください」  …とまた、痛みをこらえながら判を押す。ああ、ワタシ何やってるんだろう・・・。

どんどん痛みは強くなってくる。
分娩台の上で着てきたものを脱ぎ、寝巻に着替えた。
出産って、分娩って、陣痛って、こういうものですかッ?

横になっていると痛みがきつくて呼吸もうまくできない。 助産師さんに「あのぅ、寝ていると痛くて辛いので起きていいですか」 と、なぜか許可を求めながら体を起こす。

「あ、じゃあ、陣痛イス使いますか?」 と陣痛イスなるものをもってきてもらう。 前かがみになって座れるイスで、楽になるらしい。

分娩台を降り、その椅子に座り、目の前にNSTのモニター。確かにイスの方がまだ楽かも。 

「何かあったらナースコールしてくださいね」 

何かあったらって…、もうすでに何かある状態じゃないののか? この状態はまだ序の口ってこと??  そこで私はつい、聞いてしまった。

「あと何時間耐えればいいですか?」  ゴールが見えないとがんばれないタイプなのだ。

「そうですね~、2~3時間です! (断言)」

・・・そうか、3時間か。 家では4時間半一人でがんばった。あと3時間なら我慢できなくないな。うん、がんばろう!  …なぜか前向きなワタシ。

このとき0時を回ったくらいか? おそらくは子宮口は4~5センチ。 助産師さんは本当は「6時間はかかるだろうな」と思っていたらしい。でも必死な私に希望を持たせるために2~3時間って言ったんだって。と後で聞いた(笑) でも、そのおかげで、ワタシ、がんばれちゃった。

助産師さんも、医師も、私自身だって、間に合わなかった夫だって、みんな朝までかかるだろうって思ってた。でも気休めでも2~3時間で終わる、と聞いたことで、気が楽になったのか、本当にそれから一時間ちょっとで産まれちゃったよ!

(つづく)

心頭を滅却すれば火もまた涼し? そんな言葉が思い浮かびますsweat01
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コメントのお返事 &このブログの今後

コメントのお返事がようやく追い付きました!

皆さま祝福コメントありがとうございます!  そして親身になっていろいろとアドバイスしてくださった方、貴重な体験談を教えてくださった方、本当にありがとうございます!

皆さんに気にかけていただいて私もハナマルも本当に幸せ者です。 新米ハハはいろいろと試行錯誤しながら、育児を楽しんでおります。

現在、育児の苦労は全く感じていません。ハナマルの相手をするのが楽しくて仕方ないので、自分の寝食さえ忘れてしまいそうなくらいハナマル中心の時間を過ごし、まるで夢のような毎日です。日々新鮮な感動があり、本当に飽きません! ああ、もっと構いたくて、寝ているのを起こしたいくらいです(^_^;)  っていうのは言い過ぎですが…。  余り飛ばし過ぎて息切れしないように気をつけなくては!



さて、このブログの今後について。

出産レポが完結し、1か月検診が終わった時点で 「目指せ! きらきら高齢出産」は終了するつもりです。
出産をゴールとしてはじめたブログです。赤ちゃん待ちのころは、そのゴールが本当にあるかどうか・・・不安でいっぱいでした。長い不妊期間のせいでマタニティの間もずっと心配が絶えず、ずっと不安が消えませんでした。でも、我が子を抱くことを夢見て、親になりたいと願って、きらきら輝くママになるためにがんばってきました。そして今、ゴールにようやくたどり着けました。

ハナマルが無事産まれ、ゴールテープをきることができましたので、ブログも一旦終了。

このあとについては、二人目のこともありますし、ありがたいことにワタシとハナマルのことを気にかけてくださっている方も少なからずいらっしゃいますから、違う形で育児ブログをスタートさせたいと思います。

タイトルを変えるか、またブログサービスを変えるか、今まだどうするか決めていませんが、3月いっぱいでひとまずの区切りにしようと思っています。

それまではタイトルはこのままでブログ村のカテゴリもこのままでいますが、どうか今しばらくお付き合いくださいませ m(_ _)m


「自分の子」ってどうしてこんなに可愛いのでしょう! もうメロメロheart02です。
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ミルクの話、補足

一昨日書いたミルク記事について、いろいろとアドバイスありがとうございます!
とても参考になります。いろいろとやり方があるのだな~と勉強になります。

やっぱり、母乳で育てるって憧れでもあるので何とか頑張りたいです・・・coldsweats01

・・・が、今一番の気がかりはハナマルの体重なんです。 

体重については「出産レポ」で書こうと思っているので敢えて触れなかったのですが、ちょっと小さめに産まれたハナマルくん、入院中に母乳にこだわったおかげでかなり体重が減ってしまいました。退院してからも、母乳と格闘しているとなかなか体重が増えず、ようやく産まれたときの体重に戻ったかな、という程度。せめて1か月検診までには3キロは超えてほしいです。

ワタシの書き方が悪くてとてもご心配をおかけしてますが、今優先すべきはハナマルの健康で、私自身は母乳であろうがミルクであろうがどっちでもいいと思っています。母乳にこだわることがハナマルの成長を阻害するならすっぱりミルクにしたい。 母乳が栄養素的に必要なら搾乳してでも与えてあげたい。 そういうスタンスでいます。(完全にミルクなってしまえば二人目のお迎えが早くなっていいかも、というのは後付けの理由です。)

 

入院中の母乳指導や退院後の母乳外来ではミルクでも栄養的には問題ナシと言われていますので、助産師さんと相談した結果とにかく今は量を飲ませることを優先しましょう、ということになっています。とすると、どうしてもほぼミルクになっちゃうんですよね・・・。

とはいえ、皆さまからのアドバイスにもある通り少しでも母乳は与えたほうがいいと思っていますし、体重が順調に増えてきてからまた母乳を与える機会が増えるかもしれないので、母乳が止まってしまわない程度に吸わせるトレーニングと、搾乳は続けるつもりですし続けています。

ご心配をおかけしてスミマセンsweat01

★「母乳じゃないと子育てじゃない! 愛情が足りない」という内容のコメントが来てしまった(こちらはちょっと表現がキツイので非公開にしています)ので補足させていただきました。 このブログでは一般論としての母乳の是非・ミルクの是非について議論をするつもりはありませんので、個別の事情を無視した一方的な主義・主張の押し付けはどうかご遠慮くださいね。 

アドバイスや体験談など親身になってコメントいただいた方には改めてコメント欄でお返事させていただきますので、少々お待ちを~m(_ _)m

ハナマル元気に育ってくれたらそれが一番です
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出産レポ3 ~いよいよ破水!

出産レポのつづきです。 
 出産レポ1 ⇒ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり
 出産レポ2 ⇒ 「出産レポ2~陣痛の始まり? 自宅で一人4時間がんばる

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sun3月1日 22時20分ころ破水

母からの電話を切り、出産経験のある友だちに電話をして「ねえ、チョー痛いんだけど~!」とちょっぴり泣き言を言ってみる。 「そりゃあ、痛いよ、当たり前じゃん、がんばってね~」 と能天気な返事をもらい、そうか、まだ電話をできる分だけまだまだなんだろうな、とまたお気楽に考えてしまった。

しかしもうそのときには、けっこう痛みがひどくて、メモ帳に残る時刻の記録はすでに乱れに乱れている。

でも、なぜか、痛みが引いたときには、すぅ~っと睡魔がきて、意識がなくなったりした。
眠ったり、痛くなったりで、自分が何をしているのかが分からない。他に何も考えられず、テレビでずっと流れていたはずの「世界まる見え~」ではどんな映像だったかも今は思い出せない。

21時過ぎには、もう時計を見る余裕もなく、痛みがない時は眠り、痛みが来たら、その痛みに100%向き合った。どういう体勢をとると楽か、呼吸をどうすれば楽になるか、と、痛みを逃すためにはどうしたらいいかばかり考えていた。 母親学級で「とにかく吐くこと!」と教えてもらっていたから、「はっはっはっ」と細かく吐いてみたり、「はぁ~~~~」とゆっくり吐いてみたり、いろいろ試す。  座ってみたり、腰を曲げたり、立ってみたり、横になってみたり、自分が一番楽な姿勢を一生懸命探す。

頭で考えたというより、体の声を一生懸命聞く感じ。これが今回の安産の勝因の一つになった。病院に行ってから、助産師さんに「初産とは思えない!」と褒められるほど、上手に呼吸法や痛みを逃す体勢をとれていたらしい。

自分一人しかいないから誰かに頼ることもできないし助けてもらえないし八つ当たりもできなかったけど、一人だったからこそ、余計なことを考えず、自分の体にだけ100%意識を向けることができたので、自分の体とお腹のハナコのために一番楽な姿勢や呼吸を早々と見つけ実践することが出来たのだと思う。

実際・・・ひとり陣痛に耐えていた姿は、まあ、人には見せられないと思う 一人だったからこそ自由奔放な姿でいられたというか・・・coldsweats01  (床を這いながらトイレに行ったり、使用済みナプキンをそのまま床に放置したりとかさ) 人の目を気にしちゃう私には、その気儘さがとてもよかったのだと思う。

で、21時を過ぎたあたりから、テレビで何をやってるかわからないし、時計を見る余裕もなくて、ひたすら陣痛と向き合っていろんな体勢をとりつつ我慢していたのだけど、いよいよどういう姿勢をとっても痛みを逃すことができなくて・・・ 22時20分くらいかなあ、業を煮やして“えいやっ”と立ち上がろうとした瞬間・・・

 決壊。 生温かい水が流れた!

あ、破水だ。 これはどう考えても破水だよな。

陣痛の痛みさえも忘れるほど、びっくりした。 夜用スーパーのナプキンが一瞬にして容量MAXくらいになった。漏れないように、ゆっくりと玄関までいき、入院荷物の中からお産パットLを取り出し、そのままトイレに這っていき、ナプキンをはずし、お産パットを装着。水が出てくる感覚がまだ続く。早く病院に電話しよう!
病院の指導では、破水してから24時間以内に分娩させないと胎児にリスクが生じるとのことで、破水したら即病院に向かうようにと言われている。

22:27 病院に電話。

「あのう、夕方電話した、きらきらですが・・・、破水しました。チョロチョロではなくて大量に出ましたので間違いないです。(ここで痛みが来る) はぁはぁ・・・えっと、かなり痛い!です。」

「大丈夫ですか!? 病院までどうやってこられますか? 時間はどれくらいかかります? 付き添いの方はいますか?」

「えっと、一人タクシーで行きます。誰もいないんで・・・。大体20分くらいですが、入院の荷物はよういしてるんですが、たぶん全部もっていけそうにないので持てる分だけもっていくので、準備して出るまでに10分くらいかかるかも・・・」

「一人? 大丈夫? 」

「ええ、家の前ですぐにタクシーはつかまりますから (ゼイゼィ・・・)」

「ではすぐに来てください。荷物は診察券と保険証と入院書類一式だけ忘れずにもってきてくれたらいいですから! 病院の玄関まで迎えに行きますからね!!!」

今回は、破水して陣痛の痛みがあるときに電話をしたのでかなり緊迫した様子が伝わったのだと思う、電話の向こうでもものすごく心配してくれて、私自身も、ああようやく病院に行けるわ、と思った。 このときにはもう日付が変わるまで我慢しようなんて、そんな考えはまったく消え去っていた。

せっかくパッキングしていた入院荷物から必要最低限の荷物だけを取り出して、カバンに放り込み、タクシーの中を濡らさないようにもう一回お産パットを取り替えて、シートにしくためのバスタオルをつかみ、まだ会社で仕事中の夫に電話(いつでもお休みをとれるようにがんばって仕事をしてくれていた)。

「あのね~・・・(ゼイゼイ) 破水しちゃったから、病院に行くね」
「えっ!? 破水!? 大丈夫? 病院に電話した?  一人で行ける?   なんでこんな時間に! もっと早くに分かっていたらそっちに向かえたのに! 朝まで一人でがんばれる? 」
「たぶん、朝までに産まれるってことはないと思うからさ、朝イチの新幹線できて。それまでがんばるぅ~ ううう・・・(痛)」

病院に電話してからなんとか10分以内には部屋を出ることができた。

(つづく)


まあ、結局一人でもなんとかなったよ! って話ですが、本人は必死でしたsweat01
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出産レポ2 ~陣痛の始まり? 自宅でひとり4時間がんばる!

※3月10日記事のコメントまで、お返事をしました。
 皆さま温かいメッセージをありがとうございました。 何度読み返してもまた涙があふれてきます。

出産レポのつづきです。 前回はコチラ 「出産レポ1~おしるしから陣痛の始まり

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

sun3月1日 夕方

お買い得品をゲットして、これでしばらくは買い出しに行かなくても大丈夫! とご満悦でしたが、前日(28日)に余り眠れなかったのと検診に出かけた疲れで睡魔が。うとうとしながら昼下がりを過ごしていたが、突然やってくる痛みの波に目が覚める。 気を紛らわすためと、とりあえず病院から帰ってきた報告をしようと、ブログ記事を書き始める。 「帰ってきたものの・・・

しかし、書いていて、最後にアップする前にまた痛くなってきたので、お布団の上に転がって痛みに耐える。耐えているうちに眠くなってそのまま眠る、それの繰り返し…。 (そのためブログ記事をUPすることができなかった)

いよいよ痛くなってきたのは、17時過ぎだろうか? ここら辺はよく覚えていないが、17時半過ぎには、「痛みの来た時間を測ってみよう~」と、痛みに耐えながらかかっている時計の秒針を凝視し始める。

18時前には4~6分間隔で痛みの波がやってくるようになった。

これって、陣痛かなあ?
でもお昼の検診では、まだまだな感じだし・・・耐えられないほどの痛みでもない(生理痛MAXでこれくらいの痛みは体験したことがあるので)。 我慢していてもいいものだろうか? 
前日に破水かなあ?おしるしかなあ、と病院に行って「まだまだ」と言われ、この日のお昼にも「まだですね」といわれ、3回目のフライングはさすがに恥ずかしいな~、なんて考えていた。

そうやって3~40分耐えて、それでも痛みが続くので6時半を回ったくらいに、病院に電話をした。

「生理痛のヒドイ時のような痛みがだいたい4~5分おきにやってきて、かなり痛いです。 『入院案内』 には10分おきに痛みが来たら電話をとあったので、お電話しました。 今日のお昼の検診では子宮口はまだ2センチくらいで『まだ』といわれましたが、どうしましょう」

できるだけ正確に状況を伝えたいと思ったのと、痛みの波が引いたときに電話をかけたので、口調はかなり冷静で落ち着いていたと思う。電話の向こうの看護師さんも、ワタシの落ち着いた口調から判断したのだろう(と後になって言っていた)こう返事があった。

「初産ですよね、このまま陣痛が遠のく可能性もありますから、しばらく様子を見てください。このまま痛みが強まるようならまたお電話いただけますか? 破水はしてませんね?」

「はい、まだ大丈夫です。ではもうしばらく様子を見ます」

このとき、痛みの波が来ているときにしゃべっていたら、もっと早くに病院に向かっていたかもしれない。 でも痛みは最長90秒で引いていく。 引いてから5分くらいは平気になる。 その平気な間に電話をしてたのでけっこう普通にしゃべっていたのだ。

でもさあ、3~6分間隔で痛みの波が来ている状況って、まさに「ザ・陣痛」ではないかしら? なにぶん初めてのことなので、これが我慢していいものなのか、病院に向かっていいものなのかが分からなかった。そしてそのあとの4時間を自宅で一人で痛みに耐えることになったのだ。

病院からの電話を切った後、一応、夫のケータイに電話をして報告。

「痛みの波(←陣痛かどうかわからないから、あいまいな表現) が3~6分間隔できてるから、病院に電話したんだけど、初産だから陣痛が遠のくかもしれないからしばらく様子見してねって言われた。 いよいよ我慢できなくなったらもう一度病院に電話するけど、まだ来てもらわなくてもいいかも」

「まだ、行かなくていい? 一人で大丈夫?」

「うん、今日のうちに来てもらっても・・・。最悪夜に入院になっても、どうせ朝までかかるだろうから朝イチの新幹線できても間に合うんじゃないかなあ・・・」

「じゃあ、何かあったらすぐに電話してね。辛くなったらすぐに病院に電話するんだよっ」

夫は立ち会いを希望していたので、この時点で産まれることが分かっていたら新幹線に飛び乗り、間に合ったのに。私の我慢のおかげで、彼は間に合わなかった(^_^;)

メモ帳には、走り書きで、時刻が書きなぐってある。
秒数はないが分単位で 短くて3分間隔、長くて6分間隔。 記録は18時28分から20時56分まで。最後の方はミミズが這ったような字。 かなりテンパッテいるのが分かる。9時以降はもうそれどころではなかった模様。

夫に東京に来てもらうためには、遅くとも8時半には電話をしないとこの日のうちには移動ができない。 ああ、今晩は1人で乗り切るか!  がんばるぞ~! となぜか前向きなワタシ。 できれば入院も日付が変わってからにしたいな~、なんて痛みの波の間でぼんやりと考えていた。

そんななか、19時半くらいに母から電話があった。

「きらきらちゃん、体調はどう? 今日、健診だったんだよね。どんな感じ? 順調?」 

ああそうか、健診に行くって言ってて、その報告電話してなかったなあ・・・。  28日に飛び込みで病院に行ったことも、おしるしがあったことも、生理痛のような痛みが前の日の夜からあったことも、母には言っていなかった。遠く離れた地ですぐに駆け付けることもできない母に心配かけたくなかったから。

で、また強がってしまった。

「うん、全く問題なしだったよ~♪ ハナコも順調で元気いっぱいだった。 早くハナコに会いたいよね~。 (と、ここで痛みの波が来る!)   あ、お母さん、あのね、昨日アンマリ眠れなかったからさ、今とっても眠いんだよね。ちょっと寝てもいい? ごめんね」

と、うめき声にかわる前に電話を切ってしまった。

テレビではネプリーグ。 ネプチューンのオバカな回答を見ながら、痛みに耐えた。

その後ネプリーグを見るたびに、あの時の自分の頑張りを思い出して、なんだか笑い?がこみ上げてきますcoldsweats01

(つづく)


アンマリ、我慢はよくないよね~ という半面教師にしてくださいましsweat01
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